2026.03.19 つながる
愛媛から、笑いの頂へ――M-1王者「たくろう」きむらバンドさんが語る“挑戦の原点と、忘れられない場所”

愛媛県で生まれ育ち、「M-1グランプリ2025」で見事第21代王者に輝いた「たくろう」のきむらバンドさん。今回は、待望のインタビューが実現しました!相方・赤木さんにもご登場いただき、これまでのお笑い人生や、愛媛・四国で過ごした思い出、そして次の時代を担う若者たちへのメッセージをたっぷり語ってもらいました。
目次
お笑いの原点は、地元・松山大学の落語研究部

「M-1グランプリ2025」で見事第21代王者に輝いた「たくろう」は、愛媛県出身のきむらバンドさんと、滋賀県出身の赤木裕さんによるコンビ。
「優勝が決まったときは、うれしさよりもびっくりのほうが勝っていましたね。ほんまに?って」と当時を振り返ります。
そんなきむらさんのお笑いの原点とは?
「小さい頃からお笑いが好きっていうのはありました。高校時代はバンドをやってたんですが、そのときも、ほかのバンドが5曲やるところを3曲にして、僕がめっちゃしゃべるみたいなこともやってて。僕、ベースをやってたんですけど、ベースで巧くなろうというよりは、一番おもしろいベーシストになろうと思ってたんです」

転機は、地元の松山大学に進学し、落語研究部に入部したことでした。
「当時の部長から熱心に勧誘してもらったんです。一学年上の女性の部長やったんですけど、『お笑いどうですか?』って一生懸命声をかけていて。そのガッツがすごいなと思って入部しました。そのとき、部は廃部寸前だったらしく、とにかく1年生が入ってくれれば存続はできそうって聞いたので」
入部後、そこで漫才やコントに目覚め、どっぷりハマっていったきむらさんが、落語研究部を盛り上げ見事に復活させたのは有名な話です。
愛媛から大阪へ。漫才コンビ「たくろう」の誕生

大学時代から地元のテレビ番組に出演するなど活躍していたきむらさんは、大阪での挑戦を決め、NSC(吉本総合芸能学院)に進みました。
「愛媛ってお笑いに触れる機会がテレビしかなかったので、とにかくテレビにバンバン出たいなってぼんやり思ってました」
きむらさんの挑戦を、ご家族や友人はどう思っていたのでしょうか。
「家族も友だちも、地元のやつらも全員含めですけど、とにかく応援しかないんですよね。『ええやん、夢持ってて!』みたいな。全員同じことを言ってくれるんで。こいつらにそう言ってもらえてるんやったら、多分自分の人生、これでいいんやろうなっていうので、なんの疑いもなく、がんばれたのかもしれないですね」
地元の全力の後押しを受け、お笑いの道へ飛び込んだきむらさんは、NSCを卒業後、赤木さんとのコンビ「たくろう」を結成します。
「愛媛で過ごしてきた20年ぐらいの中で出会ったことないタイプやったんで。この“変わった感じ”とかが。お笑い的にいろんなことできたらおもしろそうやなと思って。僕が猛アタックしました(笑)」
一方、赤木さんはというと…
「きむらさんの家に行ったら、木村拓哉さんの写真集と、キムタクさんが吸ってるマルボロをお供えみたいにしてて…。好きなんだなって思いました(笑)」
そのスペースをきむらさんは「神棚」と呼んでいるそう。
「たくろう」というコンビ名も、きむらさんの好きな木村拓哉と、赤木さんの好きなイチローの名前を組み合わせて命名したといいます。
老若男女のお客様に、笑ってもらえる漫才を

2016年に結成した「たくろう」は、結成3年目となる2018年のM-1グランプリで準決勝に進出するなど頭角を現します。
ですが、その後は準々決勝敗退、3回戦敗退となかなか結果を残すことができず、気づけばM-1出場は10回目に。そんな時代を支えてくれたのは、先輩の言葉だったといいます。
「『THE SECOND』で優勝されたツートライブさんが『いろんなこと試して戻ってくるんもありやからな』って言ってくれたのは大きかったですね。いろんなチャレンジして失敗しても、トライ&エラーの中で、最終戻ってくるのもありなんやと思って、めげずにやれたのはあるかもしれないです」
赤木さんも「いろんな方に『今年良さそうやな』って声かけていただいたりしたのは、自信につながってました。ただまあ、僕のおばあちゃんがね、テレビに出るたびに『何が面白いか、わからへん』って言ってるみたいで。だからいつか、おばあちゃんを笑わせるまでは、がんばっていかないといけないなっていう。おばあちゃんの厳しい審査があるから、がんばってこられたみたいなところがありますね」と話してくれました。
そして、遂につかんだ栄光のM-1王者。今後はますますテレビへの出演も増えていくことが期待されますが、「いろんな仕事にチャレンジしつつ、漫才はずっと続けていきたい」と話すきむらバンドさんに、「お年寄りになっても、劇場に立てればなと思いますね」と赤木さん。おふたりのベースはあくまでも漫才。「老若男女のお客様に笑ってもらえるものをつくろう」という信念は、きっと変わらないのでしょう。
愛媛の良さは、地元を好きな人が多いこと

「たくろう」は7〜8年ほど前から愛媛県のテレビ番組にもレギュラー出演しており、地元では愛される存在。だからこそ、M-1優勝後の凱旋ロケや愛媛県庁訪問などでは、凄まじい歓迎を受けました。

「愛媛の良さは、地元を好きな人が多いところだと思うんです。こうやって『愛媛からM-1チャンピオンが出ました』ってときにすごく盛り上げてくれたりだとか。自分らで地元を盛り上げたいとか。好きだからこうしていきたいというのをすごく大切にする人たちが多いので。僕もそういうところで育ったから、地元愛を強く持ちながら大阪に行ったんやろなって。改めて外から見て思いますね」

きむらさんは鬼北町で生まれ育ちました。「人懐っこく、誰に対しても壁がなく触れ合える性格は、自然豊かな鬼北町で、人のあたたかさに触れて育ったからなんやろうなと思います」と話してくれました。
ふるさとでの思い出の味とは…?


「大介うどん!南予の人なら絶対食べてる、セルフのうどん屋さんがあるんですけど、そこがもう大好きで。ロケで帰ったときなど食べに行けるときは行ってます。

あとは高田商店の『ゆずの里』っていうぽん酢しょうゆ。何にでも合うんです。それから『ゆずの里ロイヤル』っていう、水やお酒で割って飲むゆずドリンクがあるんですけど、それはいまだに実家から送ってもらって、大阪でも飲んで元気をもらってますね。鬼北町は小学4年生までいたので、松山にも鬼北町にもどっちにもいっぱい思い出があります」

ゆずの里は鬼北町のふるさと納税の返礼品にも選ばれている“鬼北ならでは”の商品です。愛媛県鬼北町のふるさと納税については、こちらもどうぞ。

赤木さんも、鬼北町へは行ったことがあるのでしょうか?
「何度か行かせてもらいましたが、もう大自然!田んぼ、田んぼ、田んぼ、田んぼ、田んぼ、田んぼ、えー、田んぼ!(笑)。田んぼがすごい広がっていて。僕の地元の滋賀県も割と田んぼが多いんですけど、こんなに一面田んぼなのはなかなか見ないなっていうぐらい。

お米がおいしいんだろうなって思いました。人もあったかくて。小学校にも行かせてもらったんですけど、ほんまに純粋に育ったんだろうなっていう子どもさんたちがいっぱいで。『おめでとう』って言ってくれて」
〈「愛でたい四国」では、そんな鬼北町にある温泉宿をご紹介しています。興味がある方はぜひチェックを!〉
学生時代を過ごした四国の思い出

愛媛でのレギュラー番組では、県内のさまざまな場所をめぐっているおふたり。きむらさんは小学4年生まで鬼北町、以降は松山市で過ごしていたこともあり、愛媛には思い出がいっぱいです。
「ドライブが好きで、学生時代はよく走ってました。下灘の海岸線とか、四国カルストの風景かな。学生時代にみんなでワイワイ言いながらドライブしたなとか、思い出しますね」

赤木さんもロケで訪れた下灘や佐田岬の景色には圧倒されたそう。
「どちらも海がすごい近くて。滋賀県には琵琶湖はあるんですけど、海っていうものにあまり触れてきてなかったんで、海の大きさというか、あの景色はすごく記憶に残っています」
〈「愛でたい四国」では、佐田岬周辺の観光スポットをご紹介中。興味がある方はぜひチェックを!〉
せっかくなので、きむらさんに四国での思い出も聞いてみました。
「大学時代に友だちが香川の大学に通っていたので、よく遊びに行ってました。僕、うどんが一番好きな食べ物なんですよ。もうとにかく讃岐うどんが好きで。
それからボートレースも大好きなんですけど、ボートレース丸亀というところで、初めてボートレースのお仕事をいただいたんで、香川には恩があるというか…。
香川と愛媛ってちょっと似てるんですよね。方言も似てるし、人の感じとかも似てて。なんか波長が合うなっていう印象です。

高知でいうと、鬼北町の高知寄りの地域に住んでたんで、高知まで電車乗って遠足に行ったこともありました。高知も自然がすごい豊かで、清流どころというか、夏に行くとすごい心が洗われる、好きな感じの風景がすごく多いなっていうイメージです。

徳島はあまり馴染みがないんですけど、一回剣山に行ったときに車のガソリン残量もなくて、遭難するんじゃないかっていう恐怖体験をして…。何とか帰ってきたっていうのがあるんで、徳島だけちょっと怖いイメージが…(笑)」
ぜひ、徳島も好きになってもらいたいですよね!(笑)
初期衝動を信じて、自分の夢に素直に、楽しんでほしい。

まさに紆余曲折、もがき苦しみながらもいろんな可能性を試し、挑んだ日々がついに実を結んだ「たくろう」のおふたり。
だからこそ言える、四国の若者へのメッセージをいただきました。
きむらバンドさん
「とにかく何でも楽しんでほしいなとは思いますね。自分の中の初期衝動とか、こんなことやってみたいっていうちっちゃな種でもいいから、それを楽しんでほしい。
失敗も、意外と時が経てば自分が思ってるよりひどくなかったり、時が過ぎれば笑えることって山ほどあると思うんで。僕らなんかは失敗が逆に仕事になったりもする世界なんで余計に思うんですけど、自分の欲望に恐怖心とか持たずに、とにかく楽しんでくれたらって伝えたいです」
赤木さん
「大人になると、評価軸も変わっていくんでね。今、勉強も運動もあんまりできないっていう人もいると思いますけど、学生時代のうまくいってないとかはあんまり関係ないと思います。
で、やっぱり学生時代は苦労した方がいい。苦労をすると心に重たい鉛のようなものがどんどん溜まっていってしまう。学校で友達が少ないとか、うまくしゃべれないとか、どんどん溜め込んでいっても、でもその鉛はいつか取れるので。鉛が取れて、こんなの全然意味なかったって、そう思えた時にすごく体が軽くなって、誰よりも高く跳べますので、もう溜め込んでください、鉛を(笑)」

きむらバンドさん
「僕は、愛媛という素敵な場所で育てていただいたからこそ、今こういうありがたい経験をさせていただいているので、もっともっと恩返しができたらいいなと思っています。これからも応援よろしくお願いします」

愛でたいPoint!
長く愛媛でレギュラー番組をもち、県内各地をロケでまわっているおふたり。愛媛県で生まれ育ったきむらバンドさんの地元愛はもちろん、赤木さんからも愛媛の魅力をお伺いできたのはとてもうれしいことでした!
2026年春から東京進出される「たくろう」のさらなる飛躍、テレビで観られる機会が増えるのが楽しみでなりません!
*2026年3月19日時点の情報です。内容は変更となる場合がありますので、最新情報をご確認ください。


















