香川

珈琲と本と音楽。好きを通して縁を結ぶ。――「半空」店主・岡田陽介さん

インタビューに答える岡田さんのポートレート

高松の繁華街に、ひっそりと佇む「半空(なかぞら)」。看板に添えられた言葉は「珈琲と本と音楽」。それは店主・岡田陽介さんの“好き”そのものです。

2015年からは「半空文学賞」を立ち上げ、文学を通じて地域と人を結びつけてきました。今回は、香川が生んだ奇才・岡田さんの“半空”な半生に迫ります。

学生時代の「好き」が、今も続いている

半空入り口に掲げられた文学の一節

高松市の繁華街の一角に、控えめな看板を掲げた「半空」はあります。扉のそばに置かれているのは、A4サイズの紙一枚。岡田さんが選んだ本の一節が印刷され、それが店の入り口をくぐる人の最初の出会いとなります。

壁一面に本が並ぶ店内

中に入ると、壁一面に並んだ本に圧倒される…「珈琲と本と音楽の店」という言葉の意味が、空間そのものから伝わってきます。

ここには岡田さんがセレクトした本が並び、コーヒーやお酒を片手に読みふけることができます。

インタビューで本について語る岡田さん

岡田さんが本に出会ったのは中学生のころ。古本屋で100円の本を手にし、夢中で読みふけりました。高校生になるとアルバイト代でジャズ喫茶に通い、音楽と読書を同時に楽しむように。やがてコーヒーにも魅せられ、自宅で豆を焙煎するほどのめり込んだそう。

コーヒーを注ぐ岡田さん

そしてもう一つ、大切にしているのが「人とのつながり」です。

半空で交流する人々の様子

「喫茶店に行くと、お店の人やお客さんと仲良くなることがあるんです。家族でも友達でも同僚でもない、肩書きを下ろした人と人の関わりに大きな魅力を感じました」

そんな経験が、いまの「半空」の礎になっています。

半空で提供されるコーヒー

半空での時間が、ずっと記憶に残っている。そんな店にしたい

高松「半空」の看板

好きなものを集めて形にしたのが「半空」。時代は変わっても、コーヒーと本と音楽、そして肩書きを下ろした人との交流を尊ぶ気持ちは変わりません。

半空でアイスティーと本を楽しむ女性

「好きであればあるほど、どんどん深みにハマって魅力が増していきます。それをお客さんと分かち合いたいんです」

半空で出会う文章たち

本とコーヒーやお酒を楽しむ仕掛けの一つが、文学にちなんだメニュー。

「伊丹十三の愛したサラダ菜と苺ジャムのサンドウィッチ」「開高健の愛したダーム・ブランシュ」――名前を見るだけで想像の世界が広がり、文学に馴染みのない人でも気軽に楽しめます。

半空の「本の仲人」コーナー

半空の本棚には「本の仲人」と名づけられたコーナーがあります。本の冒頭1行だけを読んで選ぶという仕組み。

半空でお気に入りの本を並べる

「自分の思考の外にある本を選んでほしいんです。 恋愛のように、本にも“一目惚れ”があってもいいと思います」

半空に並べられたたくさんの本

偶然の出会いから、思いがけない一冊に導かれる――岡田さんの仕掛けは、訪れる人の記憶に長く残ります。

もう一つの居場所「茶論半空」

2号店「茶論半空」の店内

2022年には姉妹店「茶論半空(さろんなかぞら)」をオープン。
コロナ禍を経て改めて実感した「対話できる場の大切さ」を形にしました。ここでは時間を忘れ、ゆったりと語らえる空間が広がっています。

伊丹十三の著書 「ヨーロッパ退屈日記」とそれにちなんだジンバック

数ある象徴的なメニューから、愛媛ゆかりの天才クリエイターにちなんだ「伊丹十三の愛したジンバック」をご紹介。
メニューの説明には【半個のレモンをつぶしながら】とあります。これの意味するものは…?

オーダーしてまず渡されるのは、彼の著書『ヨーロッパ退屈日記』。付箋が貼られたページを読み終えるころ、絶妙なタイミングでジンバックが運ばれてきました。本と飲み物が響き合う体験は、まるで小さな演出劇のよう。

レモンをつぶすジンバックの半空の演出

もっとお話ししたいところですが、ぜひ“伊丹流”を体験していただきたいので、ここまでにしておきます。【半個のレモンをつぶしながら】の秘密も、ぜひお店で。

「半空での時間が、ずっと記憶に残るものであってほしい」。その思いが、細部まで行き届いています。

愛でたいPoint!

岡田さんの「訪れた人の琴線に触れる仕掛けづくり」が巧みです。
愛媛県にゆかりのある伊丹十三さんのお名前を発見し、ついこのメニューを選んだ私もはまってしまった一人ですね。

書く人と読む人を結ぶ「半空文学賞」

茶論半空に並ぶ半空文学賞

2015年、岡田さんは「半空文学賞」を立ち上げました。きっかけは、カウンターで原稿を書いているお客さんの姿を見たこと。

「何を書いているのか気になって、作品を集めてみたいと思ったんです」

半空カウンターに立つ岡田さん

応募の決まりはA4用紙1枚、テーマに沿ったものであること。小説、エッセイ、詩、短歌…ジャンルは自由。手軽さが人気を呼び、毎年多くの作品が集まっています。

中でもターニングポイントになったのが、「ことでん(高松琴平電気鉄道)」がテーマになった第3回。岡田さん自身、高校時代にことでんの車内で本を読んで過ごしたそう。

インタビューに答える半空・岡田さん

「今は多くの人がスマホを見ているけど、もし読んでいるのが、ことでんの物語だったら面白いんじゃないかと思ったんです」

ことでん本社に提案したところ快諾を得られ、駅に作品を掲示。日常の移動空間に文学が溶け込み、書く人と読む人、地域をつなぐ新しい形が生まれました。

その後も丸亀城、ラジオ、四国遍路、栗林公園などをテーマに回を重ねてきました。小学生から90代まで幅広い世代が参加し、地域と文学を結ぶ試みは広がり続けています。

思考を止めない人生。だから半空

半空の本棚と岡田さん

「一石二鳥って言葉がありますよね。僕はそれを狙いたい。楽しさが前提にありつつ、書く人・読む人・地域の活性化など、多方向にメリットがある。だからこそ、僕は好きなことを仕事にできて、恵まれていると思います」

文学を介した数々の企画を通して、人と地域を元気にしてきた岡田さん。

半空への思いが込められたモチーフ

最後に、店名「半空」に込めた思いをうかがいました。

「半空には“うわの空”の意味もあれば、“道半ば”という意味もある。空と地面の境目のように、どこまでも続いていく感覚があります。常にもっと先へという気持ちで、ずっと道半ばという思いはありますね」

インタビューに答える岡田さんの手

中学時代に芽生えた読書の楽しみ。その思いは今も変わらず、自分の思考の外にあるものを取り込み続けています。

「知れば知るほど、まだ先があることを思い知らされる。解像度が上がるほど自分の小ささが浮かび上がる。それが楽しいんです」

そう語る岡田さんの瞳は、好奇心で輝いていました。

半空でお客さんと交流する岡田さん

そして故郷である香川への思いとは。

「空海、平賀源内、菊池寛、岸田秀…香川にはあるものを自分なりに編集し、独自の切り口で発信する奇才が多いんじゃないかな」

そう話す彼自身もまた、間違いなく香川が生んだ奇才の一人です。

Coffee & bar 珈琲と本と音楽 半空

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*2025年10月2日時点の情報です。内容は変更となる場合がありますので、最新情報をご確認ください。

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